i.
温泉延命饅頭
湯気に蒸かしてふくらませた皮に、北海道産小豆をやわらかく炊いた漉し餡、潰し餡を包む、お店のはじまりからの一品。 温泉延命饅頭 茶饅頭(潰し餡) 温泉延命饅頭 白饅頭(漉し餡) バラ、二個入り、四個入り、六個入り、十個入り、十二個入り、十六個入り、二十個入り、二十四個入り、三十二個入り、四十八個入り、六十四個入り そのほか ご入用の数量をお伝えください
価格はお問合せください


この度は 延命堂に心を寄せていただき 真にありがとうございます。
私どもは 大正期より現在まで多くの方々にご愛食いただいております 温泉延命饅頭 をおつくりさせていただいております。
有難い お客様による口伝や 饅頭そのものが宣伝をしてくれ 自らの発信はあまり致しておりませんでしたが、『延命堂をもっと知りたい』 と寄せられるお声 等も多く、この度 ご縁によりホームページより 今までの軌跡や、現在行っていることなどお伝えさせていただければ と思っております。
私ども 延命堂からみた熱海の歴史 としても楽しくご覧になっていただければ幸いです。
Prologue
明治の湯治場として栄えた熱海。まだ、熱海に御用邸があった頃…延命堂は、
仕込みの手順も、漉し餡、潰し餡の練り上がりも、一世紀ほとんど変わらぬまま。変わらないことが、延命堂にとっての何よりの贅沢です。
弊社の温泉延命饅頭、熱海ざくらは、体に優しい自然の原材料を用い、昔ながらの環境の下、本店奥・上宿町の工場でおつくりさせていただいております。
(保存添加物不使用)
糸川沿いの川のせせらぎを聴きながら、餡を炊いたり、羊羹を煉ったり…。ホテルや市役所などの施設の近くですが、温泉が流れ、鳥や川のせせらぎが心地よく、お菓子そのものや働く人、お客様にも心地よい空間が、自然と構築されております。
不変で不老の饅頭を、湯のごとく、ひとに。

上宿の店構え

朝ひとつずつに真心を込めて…
Our Confectionery
お饅頭、ようかん、贈答の焼印。 お一つから、慶弔の数百のお名入れまで、お預かりして仕立てます。
※ 価格は卸先により異なりますため、お問合せください。
i.
湯気に蒸かしてふくらませた皮に、北海道産小豆をやわらかく炊いた漉し餡、潰し餡を包む、お店のはじまりからの一品。 温泉延命饅頭 茶饅頭(潰し餡) 温泉延命饅頭 白饅頭(漉し餡) バラ、二個入り、四個入り、六個入り、十個入り、十二個入り、十六個入り、二十個入り、二十四個入り、三十二個入り、四十八個入り、六十四個入り そのほか ご入用の数量をお伝えください
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ii.
桜、青梅、栗あんみつ、大納言、鹿の子、おもち、桜餅、いちご、きうい、きんかん、ちょうちょ(春夏)金魚(春夏)ハート(冬)、栗黒、栗抹茶、熱海の宇宙【そら】、ブルーライト☆アタミ。春夏秋冬に合わせて季の素材をとろりと閉じ込めた、宝石のようなひんやり菓子。お持たせ・お遣い物にも。
価格はお問合せください

iii.
巻物に見立てて和の心を彩る和紙でくるり…おひとつずつ心を込めてふさ付きの紐で想いを結びました。慶事の卓を飾り、手土産のさいごに小さな物語を添えます。
価格はお問合せください

一月のまだ、寒さ厳しい頃、美しい姿を見せてくれる寒桜…熱海桜があたみの街に彩り添えます。
明治の初年に熱海富士屋旅館にイタリア人某が宿泊した際、その記念に寄贈したピンク色の見事な桜……歴史を経て『熱海ザクラ』として観光にいらしたお客様や多くの人々に愛でられるようになり、昭和52年『市の木』として制定されました。
そして今日『熱海ザクラ』がありますのは、『一月、二月時期の美しい花をお客様に喜んで頂きたい』という切なる想いで多くを尽力されました熱海桜の生みの親、熱海名士の内田勇次氏によるものです。弊社はこの士の意志を讃え、お菓子に志を込めて熱海ざくらをお作りさせていただきました。



iv.
ご家紋、ご社紋、結婚式のお名前、卒寿や米寿のお祝い。蒸し饅頭の白い肌に、ひとつずつ焼印を押してお仕立ていたします。
価格はお問合せください

v.
延命堂本店は、手に取った方に楽しい 美味しいと感じていただけますようなお菓子を随時ご用意させていただいております。 ささやかなラインナップではございますが、いらしてくださいましたお客様に 店内で季節のうつろいや 懐かしさ など 想いでになるような 何かを感じていただき 笑顔で旅の帰路についていただけますよう願っております。
価格はお問合せください




ご家紋、ご社紋、ご結婚式のお名前、米寿・卒寿・喜寿のお祝い。蒸し饅頭の白い肌にひとつずつ焼印を押し、お仕立てしてお届けいたします。企業の周年記念、神社、寺院、式典、祭典、協会の御用達、保養所の福利菓子など、ご相談をお寄せください。 お誕生から、お別れの時まで… 人生の大切な 節目節目に 私どもの温泉延命饅頭を代々御用命いただくお客様の大切なお気持ちに…真に感謝申し上げます。
慶事・婚礼
お名入れ・家紋焼印
弔事・法要
ご家紋・短納期可
企業贈答
社紋・周年記念
協会御用達
集会の皆さま、スポーツなど選手への贈答品

Omotenashi
延命堂の店頭では 入口前に流れる『延命乃湯』がいらしてくださった皆様をお迎えいたします。それが私どもの感謝のおもてなし……お客様と笑顔で短く言葉を交わすひとときが、百年つづく商いの礎です。
ご来店のお客様には、真に心を込めて接客させていただきます。
国内外のメディア・各協会のお客様、社会科見学の生徒さんもお気軽に。
旅館・ホテル様、企業様の贈答用、慶弔のお仕立ても承ります。
職人手造り揚げ餅で広く知られている 七越製菓さんの御菓子は、20年超えの人気商品です。 その中でも、各種詰め合わせも致します。 おせんべい工場から直送される【揚げ餅】は通年人気の商品です。 昔ながらのかためタイプ・新作のソフトタイプのご用意もございます。

今では、見慣れたポリ袋入りのタイプのこの揚げ餅 ですが、20年以上前の発売当初は、当時はまだ無い この昔ながらのエコ包装を 試食と間違われるお客様が続出しました。 そんな 七越製菓さんの エコ包装揚げ餅 は今は無くてはならない人気者となっております。
また、延命堂では 自社謹製和菓子の他に 代々のご縁により お取り扱いがあります 京都(伏見)・奈良・大阪 の商品が店内を彩り添えます。 是等 楽しく選定された商品は 日本の四季のうつろいをしっとりと感じさせてくれます。 熱海にて味わえます 京都・奈良 の古都の味 と…色鮮やかで雅な大阪の彩り を どうぞお愉しみください。








温泉延命饅頭・熱海ざくらを 2,160円以上
お買い上げのお客様へ、
温泉延命饅頭をひとつ進呈いたします。
季節のご挨拶、湯あがりの一服、旅のおもたせに。店頭でのお声がけだけで結構です。

店内の佇まい
岩下由英は 熱海の湯気とともに育ち、三代目として暖簾を引き継ぎました。餡の練り上がりや店先のお茶の温度など、代々受け継いだ「変わらぬ工程」を今も大切に守り続けています。
一方で、街の新しい取り組みや海外のお客様へのおもてなしなど、伝統を土台に「今の時代に開くこと」も忘れません。変えないことと、開くこと。その両輪で、百年つづく暖簾を次へと繋いで参ります。
「お饅頭と、感謝を一服。お話をすこし。それが、私たちのすべてです。」

噏滊館の画像は、熱海 今井写真館 今井様より、ゆかりがあると延命堂に寄贈して頂いたもので、本店にて展示させて頂いております。
明治18年(1885年)温泉の効力で心身を癒やすことを目的とした、病気療養のため多方面からの人々が足を運んだ施設……内務省(現 宮内庁)直轄の施設として、新政府の要人や多くの文人たちが利用しました。 延命堂 温泉延命饅頭は、この歴史的建造物の近くで生まれました。そして、噏滊館に湯治にみえた方々にお饅頭を召し上がって頂いておりました。

湯治場の坂道から、新幹線の玄関口へ。延命堂のあゆみを、変わらないものと、新しいものの両側から記しました。
明治期
元藩士 岩下基義(初代 義雄の父)は廃藩置県後は官吏として活躍 5代目韮山村【現在の伊豆の国市 ● 韮山反射炉《世界文化遺産》や、江川邸《国指定重要文化財・韮山代官所》が存在する地】村長として力を尽くしました。 後に数多のご縁により熱海へ居を構えることとなりました。地域のため 人のために… 【熱海信用組合】(旧・無限責任熱海信用組合)の前身を発足。この創設まで尽力しました。 真に残念ではありますが、基義はこの準備期間に病を患い、熱海信用組合を未だ目にすることなく亡くなることとなりました。 しかし、後に この信念を受け継いだ長男 義雄により、満を持して熱海信用組合が1910年(明治43年)に設立される。 (1991年スルガ銀行に合併) 延命堂の創業の地である熱海七湯のひとつ 野中の湯付近(湯前神社裏あたり)に当時居を構えていた義雄は、裏庭に自噴する温泉蒸気を見て、この湯熱を利用して饅頭を蒸すことを発想。温泉の恵みを活かした地域特産菓子を思い立ちました。熱海温泉は源泉の温度が高く、饅頭を蒸すのに適していたのです。 当時はまだひなびた温泉町であった熱海町に遠路いらしてくださった湯治客や、熱海の町の人々の延命長寿・熱海温泉の発展を願い… 『温泉延命饅頭』と名付けられました。 今までにない異業種への取り組み…菓子屋も商人も初めての挑戦…思考を巡らし苦闘しながら温泉の滋養を含めた今の体に優しい饅頭の味が確立されました。 この店先では、近隣の湯治施設の湯治客や、芸妓衆らも参加する手作りのお客様参加型デモンストレーションがうけ、人気を博しました。 野中の工場付近には、久邇宮様、岩崎別荘の岩崎様、蜂須賀別荘の蜂須賀様、西男爵(バロン西)様の邸宅があり、皆様がそれぞれに熱海にいらしていた際には、工場にお散歩時にお立ち寄りいただいたり、義雄の好きな書や詩の話しを聞いていただけたり…日常の気取らない自然な会話やご近所ならではの体験をさせて頂き、同じ空気感のなかで 有難い貴重な日々を過ごさせて頂いておりました。

熱海の古地図に描かれた延命堂
大正初期
宮家や財閥の別邸が並ぶ 熱海(中野)の湯治場。坂道の上にひと棟の小さな饅頭屋として、延命堂は暖簾を上げました。 旅館や別荘が多い中野の湯治場は、湯前神社(徳川幕府時代 熱海から江戸城へ温泉を運んだ故事を再現する●熱海の温泉の恵みに感謝し、噴出する泉脈の繁栄を祈願する伝統的な祭事 ●湯まつりを行う神社)や、藤森稲荷神社(徳川家光がこの地に建てた温泉御殿「湯殿屋敷」の表鬼門の守り神として建立された神社)もあり、温泉に縁が深い地であるとみてとれます。 なお、温泉御殿のもう一つの鬼門として、熱海御用邸裏(現在の熱海市役所裏)に御殿稲荷神社が存在し同神社の場所は かつての 徳川家の歴史を今に伝える名残となっています。


昭和25年
昭和25年4月13日 強風が吹き付ける中 熱海で大火が発生。 死者が出なかったことが何よりの不幸中の幸いでした。しかし、この大火にて大勢の負傷者が出て 街の経済基盤が一夜にして焼き尽くされてしまいました。 市役所近くの清水町に 義雄が晩年を過ごすために建てられた完成したばかりの隠居家がありました。この火災の際、風向きが変わり火が隠居家に飛び火、この隠居家は 義雄が知人宅の消火活動を手伝っている最中に全焼をしてしまう…。 さらに追い討ちを掛けるように 熱波の中助け 玄関先に置いておいたはずの行李一杯の代々大切にしてきたものや、趣味嗜好とひとつずつ集めていた大切なもの等 その殆どが盗難の被害に遭ってしまいました。 義雄も常に人のために尽くしてきて 晩年にこのような目に遭ってしまい大変無念で胸の潰れる心境…この頃から心身を憔悴してしまいました。 一方、延命堂は建屋目前まで火の手が迫っていましたが、熱海の消防団と共に応援に来てくださった田方地区の消防団の尽力により守られることとなりました。尽くしてくださった方々のお陰で上宿町にあった代々大切にしていたもの、そして店や命を救われたのです。 この大火により、大変多くの方々が悲しく…困難な目に遭ったのは言うまでもありません。その大変な思いを経験され、復興を遂げた先人たちの礎の上で私どもが今を生かさせて頂いています。 今の美しい熱海を当たり前と思わず この熱海大火は忘れてはならない史実なのです。 この後、熱海の街は驚異的復興へと進みはじめます。 延命堂も、前を向き歩みはじめ 翌年法人化することになっていきます。
昭和26.12
昭和二十六年十二月二十五日、有限会社 延命堂製菓所として法人化。家業を継ぐ職人と店頭を支える人の手が、二代、三代と重なります。
昭和中期
大正14年 旧熱海駅舎が開業してから、昭和26年熱海駅デパートができるまでの間 駅での立ち売りや、駅構内での販売も行っていた延命堂。 昔、二代目 一雄(萬尾)が戦地からの帰還に時間を要してしまい国鉄との契約のこの事業は途中でやめることになりました。 一雄(萬尾)がようやく戦地から戻り、駅近くに店舗の準備をしていた矢先、熱海駅デパート関係者からお声掛けいただき 街中の店舗ではなく、駅デパート売店出店という形で新たに活動を開始します。 この 今で言う レトロな建物は、高度経済成長とともに活気に満ち 観光客の方々や地元民に親しまれる存在となっていきました。 延命堂も 温泉饅頭以外にも、干物やわさび漬け・御茶、民芸品のような物産品も良く売れ 寄木細工・こけしなど高額なものや、絵はがき・提灯・おもちゃ(ダッコちゃん人形・モンチッチ・動くゴジラ・UFOなど)また、マリモのような生き物まで幅広く豊富なラインナップで親子代々で買い物ができるような楽しい店舗と化していました。 今のように通販など無い時代 珍しがられ お客様にも喜んで頂け、数多く販売しました。 後に このビルは老朽化に伴い平成22年(2010年)営業を終了することとなります。 駅に縁深い延命堂ですが、これを機に 原点の創業の地 上宿町本店に重点を集中させて 本来理想の対面販売へと移行していくことになります。お客様と交わす言葉に温かみを感じながら…
昭和後期
高度経済成長…日本全体が活気に満ち 熱海の街が、今までで一番の賑わいを見せていたこの時代。新婚旅行、団体旅行に沢山の方々に来熱頂き心に残る旅の想いでをつくっていただきました。 延命堂もこの時代とともに、不変と変化を併せ持つ存在になってまいりました。時代とともに…機械化+アナログ体制で量産。少しずつ変容しながらも不変の味を守って参りました。 この流れの中で、若い頃から住み込みで働いてくださっていた職方と従業員同士で結婚し独立、という道を歩む方も出始める。 この頃 時代はテレビの時代へと入り、延命堂は、当時ではまだ珍しい工場と繋ぐ全国生放送のご依頼を受け、【日本テレビ系 ズームイン朝】に二代目と三代目が出演いたしました。徳光和夫キャスターに労いのお言葉を頂き、当時病み上がりの二代目の心の安寧へと繋がりました。これを機に様々な方々からお声掛けいただき、人とのご縁の大切さを再認識いたしました。 元来 侍 武士の家系であり、菓子屋は熱海に来てからの私どもですが、私どものできる世のため人のためという想いも代々不変のままであります。 二代目がロータリークラブにて慈善活動をさせて頂いておりました際に、熱海にてチャーターナイトを開催しました。その際に作った木型です。

平成
国内外のテレビ ラジオ ニュースに取り上げられ、祭り、イベント、娯楽施設、古典芸能・舞台・スポーツ選手への差し入れなど…街の催しを支える御用達に。
平成二十八年
熱海 西山に舩井幸雄記念館が開館。 開館にあたり、温泉延命饅頭に舩井幸雄氏が提唱した《成功の3条件》…『素直』『プラス発想』『勉強好き』の言葉の焼印入り【幸せ温泉饅頭】の御用命をいただき製作 発売。 この舩井幸雄記念館の皆様と共作されたお饅頭は 広く喜んでいただき たくさんの皆さまの心に残る存在となりました。

幸せ温泉饅頭のイラスト(©Kyoko Akaike)
令和四年
ACAO SPA & RESORT株式会社様より御用命をいただき SUN-MOON × 延命堂 × NODOCA "MANJU in the RAINBOW" を制作。 若手現代アーティスト「PROJECT ATAMI」のアート作品と共に販売され、芸術作品のような商品となりました。 静岡県産の希少な有機茶葉を世界に発信するニューヨークブルックリンのブランド「NODOCA」と弊社 温泉延命饅頭をペアリングしたものです。 一切の科学肥料を使用しない安心安全な厳選された抹茶パウダーは、飲んでも良し、温泉饅頭につけていただく新たな感覚での食し方も提案しております。 このデザインは、視覚ディレクター/グラフィックアーティスト河野未彩氏によるものです。 『SUN MOON』には、太陽と月が水平線を跨ぐ瞬間の感動のように、熱海の古き良きを未来に橋渡しするこの時を体験していただけますようにという願いが込められました。 影が彩る照明で開発、日米特許取得 された河野氏ならではの世界観が映し出された 宇宙を感じる近未来的な煌めくホログラムの箱に入って完成されております。 この参画で、河野氏により 新たな一面が素敵に創出され 温泉延命饅頭もさらにアップデートされました。



オリジナルステッカー付き
令和五年
《中央日本四県サミット》(新潟・山梨・長野・静岡)の4県知事が一堂に会し、日本海側と太平洋側をつなぐ連携施策について協議を行うトップ会議です。 毎年開催されており、饅頭は 静岡県が開催県となった第8回サミットにて御用命いただきました。 会議は 食やスポーツ、山岳といった多様な文化で交流を促進する共同宣言を採択し 閉幕しました。 自分たちなりに 自然や人を大切に想いながら日々作業をしている弊社でありますが、この様な議題の たいせつな機会に 御用命をいただけましたことに心より感謝をしております。 【温泉延命饅頭】が県知事手土産代表に。県の銘菓のひとつとして外への玄関口を担います。
令和六年
食文化・食の旅を大切にする 静岡県 が取り組む《静岡ガストロノミーツーリズム・美味ららら》に御用命をいただき掲載されました。
静岡ガストロノミーツーリズム 掲載記事はこちら令和七年
玉手箱を象った特別意匠の記念菓子を制作。SLデザインと東海道線(通称みかん電車、湘南電車)を意匠した熱海ざくら夜桜、熱海ざくら夢桜羊羹を各種制作 製造販売。(西暦1925)大正14年3月25日に開業した熱海駅は、その百年後、(西暦2025)令和7年3月25日に開業100周年を迎え、JR東日本熱海駅では荒屋祐佳利 熱海駅長をはじめ、関係者が出席をし記念セレモニーが開催されました。延命堂は JR熱海駅開業100周年記念菓子を販売すると同時に、JRが取り組む駅タグ(ekitag スマートフォンを使用するデジタルスタンプ)熱海駅開業100周年の立ち寄りスポットとなる。また、この熱海駅開業100周年記念菓子と、駅タグデザインはすべてにおいてJR東日本熱海駅社員の芸術家集団により完成されたものであります。
熱海駅開業100周年 イベントはこちら
令和八年
熱海駅の新キャラクター「あたゆ丸」商品化決定。JR東日本・JR東海 共同周遊イベントの立寄り菓子・参加者記念品にも採用。
あたゆ丸 除幕式はこちら延命堂は 昔から 何かを始めたり、発想したり…「元祖」とも云われる 創業家などのパイオニア や 誇りを持って伝統を維持されているような職方の方々など 菓子業の方たち そして他業種の方々… 私どもの饅頭店に共鳴していただいている様々な方たちがお客様としていらしてくださいます。 何かを発案し 事始めること・続けていくこと には独特の苦楽が常に伴い そんな想いを共感できる方々のまるで「エール」のようなご来店です。
そして いらしてくださる方々は どんな立場の方でも 延命堂の暖簾をくぐれば 無礼講となり、時代を超えた 様々な苦楽を語る話に大輪の花が咲きます。
移りゆく世の中でも いつも心に太陽を持っているようなパイオニアや、私どもの饅頭に心を傾けてくださり ご来店いただく有難いお客様… 様々な方々の心の声援は 言葉を交わさずとも 伝わってくるのです… そんな想いを日々感じながら 皆さまとのご縁を繋ぐ饅頭を生業とさせていただけますこと 感謝の念に堪えません。
私どもに会いに来てくださる 様々なパイオニアの語る共通して感じる理念があります。 利他の精神のもとに…比べない…争いのない… それぞれが美しく尊い かけがえのない存在。 皆が笑顔の 桃源郷のような理想郷そのものなのです。
延命堂本店に飾られております『共存同栄』の書があります。 これは、熱海信用組合が『産業組合中央会』より贈られたもので 渋沢栄一が 昭和3年(昭和戊辰の年)に88歳の米寿を迎えた際に揮毫したものです。 全国の組合員を激励し、その理念を広く普及させるために配布され、全国の主要な産業組合(信用組合)の事務所や本部の床の間に飾られました。 当時の掛け軸は、地域でお金を出し合って助け合おうとする全国の庶民や中小企業、農民たちに「私利私欲に走らず、みんなで共に栄えよう」という渋沢栄一の強い想いを伝えるために配られたものでした。
延命堂は古くよりこの渋沢栄一の想いを受け、今を迎えています。
令和の時代に入り、渋沢栄一の孫にあたる鮫島純子さんが私どもに会いに来てくださいました。
どんな方にも平らな…優しい雰囲気の 鮫島さんの心地よい春のそよ風のような来訪は、私どもにとりまして活力となり 時を超えての 代々のメッセージを受け止めたという想いに駆られました。
私どもも 此処熱海 上宿の地にて お客様にとりまして 春風のように心地よい存在であり続けたいと願っています。
私ども 岩下一族は、徳川の世において 古くは 薩摩 仙石町より 水野家と 共に愛知 岡崎の城下町を歩み、藩の引越しとともに 審一は沼津藩士として沼津へ…《沼津城》安永6年 十代将軍 徳川家治 時代 水野忠友が三河(愛知県)より沼津へ移り 築いた城。
明治の時代に 基義は菊間藩士として千葉へ…《菊間陣屋》千葉県市原市菊間に存在した菊間藩(沼津藩)の藩庁
明治2年 版籍奉還→明治4年 廃藩置県を経て 再び 伊豆へ戻り 韮山村【現在の伊豆の国市 ● 韮山反射炉《世界文化遺産》や、江川邸《国指定重要文化財・韮山代官所》が存在する地 】 5代目村長としての役目を与り その時代の流れの中で力を尽くさせていただきました。 そして、大正期には 此処 熱海の地にて義雄により 延命堂を創業するに至りました。
私ども一族の歩みの近代 二百年ほど この伊豆にて多くの素晴らしいご縁をいただいて参りました。 代々の礎の上に皆さまに心を寄せていただき …育てて頂き… 私どもの今があります。
この私どもの感謝の念は 生み出される一つ一つの饅頭に今もなお吹き込まれております。 この饅頭を召し上がっていただく際に このような一族の真っ直ぐな想念の歴史が存在していたこと ふと 心で感じていただけましたら幸甚です。
古来より 歴史 自然 風土、
あまたの恩恵をうけ 力みなぎる伊豆半島…
この伊豆半島東方
熱海の地にて生まれた私どもの味が
皆さまの心の安寧の一役となれますよう祈念し
創業者の精神をまもり
お作りさせて頂いております。
皆さまの温かなる永年のご贔屓に
心より感謝申し上げます。
延命堂 店主敬白
店舗横の糸川沿いに佇むお稲荷様の朱紅色の鳥居が目印です。
熱海市上宿町3-28 — Google Map
店舗の休業日と短縮営業日のご案内です。場合により営業時間が変更となる日もございますので、お越しの前にお電話でお問合せいただけますと確かでございます。
2026年 5月
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店舗休業
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鮫島純子様【日本資本主義の父 渋沢栄一 孫】より真心こもった書を寄贈いただきました。

創始者 岩下義雄
JR東海道本線・JR東海道新幹線「熱海駅」より、平和通り商店街を抜けた先の上宿の坂道を上ります。徒歩約15分。
西湘バイパス「石橋IC」より約45分、東名高速「沼津IC」より約60分。お店の周囲には市営・民間の駐車場が点在しております。店横に駐車場のご用意もございます。お買い物の際はどうぞご利用ください。
最寄りのバス停は、銀座または本町商店街です。海を背後に糸川沿いに坂を登っていただいた場所に弊店はございます。

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